月曜日は、お昼ご飯をみんなで一緒に食べる日

ナイジェリアポレッジ

昔は、私がひたすらスパイスカレーを作っていましたが、最近はベトナムのリンさんやナイジェリアのオビロさんがいますから、それぞれの国の料理をつくってもらうことにしました。ルールは、ご飯は食べ放題で、300円を料理を作ってきた人に払います。

食いしんぼうの私が、「色々な美味しいものがたべれたらいいな〜」という気持ちで始めたこのお昼、思わぬ気づきに驚きの連続です。

気づき 1)
日本人は、食事から雑穀をすててしまったということ。

オビロさんがつくった料理は、ブラウンビーンズがたくさんはいったスープ。美味しかった!
日本では、縄文時代からお米よりも早く、粟や稗などを食べていたと言われ、日本人の生活に深く根付いていたそうです。でも米主体の農業政策などによって、雑穀の生産量や消費量は急激におち、穀物の多くは輸入に頼ることとになってしまっています。百姓からみても、雑穀は手間がかかるのに、単価が安すぎてつくる気力がわかない作物です。。でも、縄文時代からの主食ということは、気候風土にあっていたということですよね。

日本人はそれをすべて捨てて、気候風土にあわない肉にかえてしまいました。牛が日本にいかに合わないかは、餌のほとんどを輸入にたよっていることでもわかります。ビーガン(菜食主義)の人は、牛の餌にやる穀物を人間が直接食べることで地球は救えるといいますが、理屈的には納得です。

日本では、岩手県などの東北に、貴重な在来種の雑穀の種と料理が残っているそうです。お米がつくれない地域だったから、それが残ったらしいです。
百草園では、大豆と小粒大豆しかつくっていませんが、雑穀の気づきをくれたナイジェリア料理でした。

 気づき 2)
日本人はお米の文化も捨てつつあります。米の消費量は減り続け、とどまることがありません。ところが、ベトナム料理はすべて米粉。小麦粉はほとんどないみたいです。

ベトナム料理で有名なフォーもそうですが、彼らがぜんざいというおやつも雑穀入り。米粉でとろみをつけます。餃子(みなさんが想像する餃子ではありません)も、米粉の皮で作った皮に、豆の粉でつくった具をいれます。これも雑穀と米粉。

外国の料理を食べることで、日本を知ることになって、感動を覚えています。健康のために雑穀を食べようではなくて、身土不二。日本の気候風土にあった食事を取り戻そうですね。